ボクシングジム/東京新宿 協栄ボクシングジム

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CORPORATE OUTLINE - 会社概要

(株)協栄ボクシング


ご 挨 拶

 協栄ボクシングジムは、昭和34年の創業以来日本最多11人の世界チャンピオンを生み出し、ボクシング界において確固たる地位を築いてきました。
そして、長年にわたり青少年の健全な育成に貢献し、現在までの経験と実績をもとにスポーツとしてのボクシングを通し高齢者や青少年の健康管理や優秀な指導者の育成も行ってまいりました。
将来、一人でも多くの優秀な選手を育成し、プロボクシング界のさらなる発展とより多くの皆様にボクシングを愛していただくために、今後とも一層努力をしていきたいと考えます。

 今後とも株式会社協栄ボクシングならびにグループ各社をよろしくお願い申し上げます。

協栄グループ会長 金平桂一郎



会 社 概 要

名 称
株式会社 協栄ボクシング
資 本 金
1,000万円
設 立
昭和51年6月16日
所 在 地
〒160-0022
東京都新宿区新宿5-2-1 ニュー番衆ビル2階
電話:03-6273-2117 FAX:03-6273-2118
従業員数
20名
役員構成
金平桂一郎
取引銀行
三井住友銀行
業務内容
1. プロボクシングの興行並びにプロボクサーの育成
2. ボクシングジムの経営
3. ボクシングを通じての高齢者、青少年に対する健康監視健康促進の教育、指導
4. スポーツインストラクター、ボクシングインストラクターの養成
5. ボクシンググッズの販売


会 社 概 要

1959年 
金平正紀前会長引退(通算戦績38戦14(2KO)19敗3分1エキシビジョン、1ノーコンテスト)。
1959年 4月
引退後金平ボクシングジム設立。
1963年 8月
海老原博幸が東京都体育館において日本人3人目、金平ジム初代の世界フライ級チャンピオンとなる。
1966年 3月
金平ボクシングジムより「協栄ボクシングジム」と名称を変更。
1968年 9月
西城正三が日本人で初めて、海外(ロサンジェルス)での世界戦でタイトルを奪取し、世界フェザー級チャンピオンとなる。協栄ジムでは2人目の世界王者。
1969年 3月
海老原博幸が再度王者に返り咲く。
1972年 4月
世界ヘビー級王者、モハメド・アリの試合を日本武道館で実現。
1976年 10月
具志堅用高がWBA世界ジュニアライト級チャンピオンになり、防衛回数はその後13回を超え、同級の世界記録を作る。
1980年 2月
金平正紀会長、全日本ボクシング協会会長に就任。
1980年 8月
上原康恒がWBA世界ジュニアライト級チャンピオンとなる。
1981年 12月
渡嘉敷勝男がWBA世界ジュニアフライ級チャンピオンとなる。
先輩、具志堅が失ったタイトルルをわずか9ヶ月で奪回しその後、5回の防衛を成し遂げる。
1992年 4月
鬼塚勝也がWBA世界ジュニアバンタム級チャンピオンとなり、その後5回の防衛を成し遂げる。
1992年 6月
ユーリ・アルバチャコフがロシア人初のWBC世界フライ級チャンピオンとなり、9回の防衛に成功。世界中のボクシング界のみでなく、各界に大きな影響を与える。
1993年 10月
オルズベック・ナザロフがキルギス人として初めてのWBA世界ライト級チャンピオン獲得。
1999年 3月
協栄ボクシングジム創設者、会長金平正紀氏大腸がんのため65歳で死去。
1999年 4月
協栄ボクシングジム2代目会長に金平桂一郎氏が就任。
2002年 5月
佐藤修がWBA世界スーパーバンタム級チャンピオンとなる。
2006年 8月
亀田興毅WBA世界ライトフライ級チャンピオンとなる。
2007年 3月
坂田健史WBA世界フライ級チャンピオンとなる。

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